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  • ハラサワ物語
  • 変動の時代

~挑戦と改革 ちょっと前のハラサワ~

そんなハラサワも深刻化する不況に少し難しい局面を迎えます。バブル崩壊の後、カルロス・ゴーンが打ち出した日産リバイバルプランの影響もあって売り上げは徐々に低下。今でも日産自動車の部品製造は続いていますが、いつの間にか職人さんたちも年齢が上がり、元気がありません。社内からはかつての活気が失われつつありました。ゆっくりと悪化していく経営状況。工業系商社で下積みをしていた社長が呼び戻されたのはそんな時期でした。立て直しに苦心していた前社長(社長のおとうさま)は、後継者に社の命運を託したのです。

ハラサワに戻った社長は、まず今ある目の前の仕事に打ち込みました。現場の作業はもとより経理や生産管理、事務や配送にいたるまで必死にこなす毎日。社員一人ひとりに声を掛けて働きやすいよう気を配り、取引先にも足しげく通って回る。そうしてハラサワのことでは知らないこともできないこともなくなったころ、社長は今一番ハラサワに必要なものがなんなのかを見つけます。それは『新しいことへの挑戦』でした。凡庸な着想かもしれませんが、気付いたのです。みんなが繰り返しの毎日を過ごしていることに。社長は「今のままでは駄目だ」という危機感をすぐ行動に移していきました。

発色技術もともと自動車部品の製造技術に定評があったハラサワ。
折しもTIG溶接や鋼板板巻の技術、社長の活躍を目にしたお客様が自動車・バイクのアフターパーツ業界の方をご紹介くださり、チタン材の板巻きパイプを作ってくれないかとの相談が舞い込んできます。渡りに船の話でしたが、酸化しやすく溶接の品質管理が難しいチタン材は当時のハラサワにとって実績のない未知の素材でした。うまくガスでシールドできないと酸化した溶接部から割れが生じる。社内でも反対の声ばかり。職人さんの中には「絶対にできない」と声を荒げる方も。しかし社長は「だったらどうする」と考え続け、諦めませんでした。そしてついに成功にたどり着いたのです。
ハラサワの板巻きパイプは評判が評判を呼び、あっという間に業界の大半から声が掛かるように。今ではお客様から絶大な支持を得て国内生産拠点地区のシェアをほぼ100%獲得するまでになりました。

会社の業績も持ち直し、何もかもが上手くいき始めたころ。また一人、社長は将来に対する危機感を募らせていました。「確かに売り上げも回復した。取引先も増えた。でもモノをつくっているだけではダメなのがはっきりわかった。新しいことへの挑戦だけじゃ足りない。必要なのは会社のみんなも変わること。でもどうすればいいのか。」答えを求めて八方手を尽くした末、ある日社長は一人の変わったセミナー講師と出会い、そのヒントを得ます。その後講師の勧めではじめられた勉強会が社内改革の大きな一歩になりました。

 

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